本講では、言語発達における語彙の習得過程を概説するとともに、語彙習得に困難を持つ発達障害児の言語指導法・家庭での支援方法等について、紹介・考察する。

  かなり長い間、子どもの「語彙訓練」というのは、たとえば「トケイ」という名詞を、その事物と対応づけて繰り返し聞かせたり、言わせたりして、覚え込ませる練習だと思っていた。その思い込みの背景には、自分自身の中学以降の英語学習経験がある。カードに書き込んだ単語を何度も唱えて丸暗記する、というのは、自分にとって、また多くの日本人にとって、語学習得の基本イメージなのではないだろうか。しかし当たり前のことだが、母語は本来、認知能力の高まりとともに自然習得されて行くものであり、確立した母語との移し変えを行う外国語学習とは、基本的に異なるものである。発達障害の子どもの言語指導において、単語カード的暗記学習は払拭すべきイメージであろう。

◆けれども一方で、私たちは、どうやって自分が日本語を話せるようになったか、という記憶を持ち合わせていない。障害のある子どもに日本語を教えようとする者は、不自由なく日本語を使用する能力があるが、自分自身がことばに困った経験(記憶)もなければ、そのような際の心情も実感できない。多少なりとも記憶の残っている、学校の勉強や、スポーツの上達とは、根本的に異なる難しさが、言語指導には横たわっている。

◆ただ、類似した経験が全くないわけでもない。自分について言えば、やはり、中学以降の英語学習である。発音が聞き取れない、単語の切れ目がわからない、何回唱えても暗記できない、意味を考えていると間に合わない、などの辛かった(?)記憶は、ある部分では、発達障害の子どもたちの認知的制約(音韻弁別能力・記憶能力・ワーキングメモリ― etc…)や心理状況と重なり合う。

◆外国語(第二言語)習得の過程やその習得技法については、これまでに様々な研究がなされて来たが、母語(第一言語)習得研究と相補的に発展して来たこの領域は、同時に、発達障害児の言語習得やその指導法にも大きな示唆を与えるものだと思う。今回は、この第二言語習得研究の知見についても触れながら、そこから示唆される言語指導の手法や日常生活場面での言語支援方法を、考えて行きたいと思う。

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